彼女は、なぜ死を選んだのでしょうか?今回は、現実面から考えます。
ひとつは、(前回の記事で紹介した)負担感の知覚です。30代半ばからはヒット作に恵まれず、責任感の強い彼女は思い悩んでいたようです。「自分は視聴者にもう求められていないんだ」というマイナス思考に陥っていたのかもしれません。一流女優でも芸能界では「商品」扱いですし、売れなくなったらお荷物扱いです。コロナ禍でドラマや映画の撮影がストップしていたことも、負担感の知覚を強めてしまったのでしょう。
同時に、所属感の衰弱もあったと思います。彼女の経歴を読んで感じるのは、天真爛漫なイメージとは裏腹の陰(かげ)のある素顔です。芸能界で親しい友人は(イモトアヤコ以外)ほとんどいなかったそうです。一方で、女優の仕事は、彼女にとって大切な居場所でした。それを失ってしまうのではないかという不安は、彼女にとって耐えがたいものだったでしょう。
だから、自殺願望はずっとあったのだと思います。そこに三浦春馬さん、芦名星さんと自殺が相次いで、絶望感は一層強まったのでしょう。
残るファクターの自殺潜在能力については、仕事と育児で身体的な疲労が蓄積していただろうこと(体調に不安を抱えていたともいいます)などに加えて、彼女の母が39歳で亡くなっていることも、死に対する心理的なハードルを下げたのかもしれません。また、彼女がそうだったのかはわかりませんが、産後うつや更年期障害が影響していたのかもしれません。
記事が正しいとしたら、自殺潜在能力があるところに自殺願望が絶望感により強められて自殺の危機が高まるのだという自殺学の理論は、彼女のケースにも当てはまりそうです。